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東京高等裁判所 昭和26年(ネ)908号・昭26年(ネ)809号 判決

第一審原告 川本キミ

第一審被告 長谷部半次郎 外一名

一、主  文

原判決を次のとおり変更する。

第一審被告長谷部半次郎は第一審原告に対し、東京都渋谷区千駄ケ谷四丁目七百五十六番の一宅地二百二十五坪一合一勺のうち西側(正面道路から向つて右側)百六十坪を同地上に存する家屋番号第六一六番木造木羽平家店舗兼居宅一棟建坪十三坪五合(実測十九坪余)を収去して明け渡し、且つ、右土地に対する昭和二十一年二月一日から昭和二十三年十月十日まで一ケ月一坪につき金三十七銭八厘、同月十一日から昭和二十四年五月三十一日まで一ケ月一坪につき金一円三十六銭、同年六月一日から昭和二十五年三月三十一日まで一ケ月一坪につき金三円三十三銭、同年四月一日から同年七月三十一日まで一ケ月一坪につき金三円五十二銭、同年八月一日から昭和二十七年十一月三十日まで一ケ月一坪につき金八円三十三銭、同年十二月一日から昭和二十八年三月三十一日まで一ケ月一坪につき金十三円二十四銭、同年四月一日から右明渡済みまで一ケ月一坪につき金十三円三十七銭の割合による金員を支払え。

第一審被告正木益次郎は第一審原告に対し、前項宅地のうち東側(正面道路から向つて左側)六十五坪を同地上に存する家屋番号第六八三番木造木羽板葺平家建居宅一棟建坪十坪(実測十三坪余)を収去して明け渡し、且つ右土地に対する昭和二十年七月一日から昭和二十三年十月十日まで一ケ月一坪につき金三十七銭八厘、同月十一日から昭和二十四年五月三十一日まで一ケ月一坪につき金一円三十六銭、同年六月一日から昭和二十五年三月三十一日まで一ケ月一坪につき金三円三十三銭、同年四月一日から同年七月三十一日まで一ケ月一坪につき金三円五十二銭、同年八月一日から昭和二十七年十一月三十日まで一ケ月一坪につき金八円三十三銭、同年十二月一日から昭和二十八年三月三十一日まで一ケ月一坪につき金十三円二十四銭、同年四月一日から右明渡済みまで一ケ月一坪につき金十三円三十七銭の割合による金員を支払え。

訴訟費用は第一、二審とも第一審被告等の負担とする。

この判決は第一審原告において、第一審被告長谷部半次郎のため金七万円、第一審被告正木益次郎のため金四万円の各担保を供するときは、仮に執行することができる。

二、事  実

第一審原告(第八〇九号事件控訴人)代理人は、「原判決中第一審原告敗訴の部分を取り消す。第一審被告長谷部半次郎(同事件被控訴人)は第一審原告に対し、東京都渋谷区千駄ケ谷四丁目七百五十六番の一宅地二百二十五坪一合一勺のうち西側(正面道路から向つて右側)に存する家屋番号第六一六番木造木羽平家店舗兼居宅一棟建坪十三坪五合(実測十九坪余)を収去してその敷地二十三坪五勺(右西側宅地百六十坪のうち原判決の明渡を命じた百三十六坪九合五勺を除いた残りの部分)を明け渡し、且つ、右土地に対する昭和二十一年二月一日から昭和二十七年十一月三十日まで及び前記百六十坪に対する同年十二月一日から右明渡済みまで、いずれも主文第二項と同一の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも第一審被告長谷部半次郎の負担とする」との判決並びに仮執行の宣言(原審における勝訴部分に対するものをも含む)。を求め、第一審被告長谷部半次郎訴訟代理人は控訴棄却の判決並びに請求の趣旨拡張部分につき請求棄却の判決を求めた。

又第一審被告正木益次郎(第九〇八号事件控訴人)訴訟代理人は、「原判決を取り消す。第一審原告(同事件被控訴人)の請求はこれを棄却する。訴訟費用は第一、二審とも第一審原告の負担とする。」との判決を求め、第一審原告訴訟代理人は控訴棄却の判決を求め、なお、請求の趣旨を拡張して、「本件宅地のうち東側(正面道路から向つて左側)六十五坪に対する昭和二十七年十二月一日から明渡済みまで主文第三項と同一の割合による金員の支払を求める。」旨申し立て、これに対し、第一審被告正木益次郎訴訟代理人は右請求の趣旨拡張部分につき請求棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実並びに証拠の関係は、

第一審原告訴訟代理人において、本件土地を第一審被告等のため建物の建築を許すことは第一審原告の従来の方針に反し、且つ本件各建物の敷地は本件土地の最も重要な部分にあたるのであるから、右土地を有利に利用しようとしても、同所に本件の如き建物があつては全部の土地の効用が妨げられる結果となり、ために本件土地を一括して処分することも、又同地上に大建築物を建設することも、ともに妨げられ、著しくその価値を減殺されているのである。このため第一審原告の蒙る損害は実に甚大である。第一審原告は建物の罹災当時この時機を利用して大建築物を建設しようと欲したのであるが、第一審被告等の妨害のため、その目的を達することができなかつたし、又本件土地を一括して処分しようとしても第一審被告等の建物があつてはこれも亦不可能である。而して昭和二十三年九月当時でも本件土地に対する地代の統制額は一ケ月一坪につき金三十七銭八厘に過ぎないのに、地租は金一千円以上であつて到底その収支は償うことができない。その後も地代に比して公租公課は益々高騰しているので、夫に死別して以来孤独で他に格別の収入のない第一審原告としては、本件土地を有利に利用する以外に生活の方法がないのである。以上のような正当な事由があるので、第一審原告は第一審被告長谷部半次郎の賃借申出に対し昭和二十三年九月二十九日同被告に到達した書面でこれが拒絶の意思表示をしたのである。又本件土地に対する相当賃料額は地代の統制額が昭和二十三年十月九日物価庁告示第一〇一二号に基き同年同月十一日から昭和二十四年五月三十一日までの間は一ケ月一坪につき金一円三十六銭(年額金十六円四十二銭)であるから、従前の主張額を右の限度に減縮する。又昭和二十五年四月一日から同年七月三十一日までの間は、本件土地が昭和二十四年六月一日物価庁告示第三六八号に掲げる等級六十級となつたから、その賃料の統制額は一ケ月一坪につき金三円五十二銭となつた。而して昭和二十七年十二月四日建設省告示第一四一八号により同月一日から昭和二十八年三月三十一日までは一ケ月一坪につき金十三円二十四銭に、昭和二十八年四月一日以降一ケ月金十三円三十七銭に、いずれも本件土地に対する地代の統制額が増額されたから、第一審被告等に対しては本件土地の明渡済みまで右の割合による損害金の支払を求める。なお第一審被告長谷部半次郎の所有家屋は公簿上家屋番号第六一六番木造木羽平家店舗兼居宅一棟建坪十三坪五合でその実測建坪は十九坪余となつており、又第一審被告正木益次郎の所有家屋は公簿上木造木羽板葺平家建居宅一棟建坪十坪で、その実測建坪は十三坪余となつているから、右のように訂正主張すると述べ、

第一審被告等訴訟代理人は、第一審原告がその主張の如き賃借申出拒絶の意思表示をしたことは否認する。なお第一審被告等所有の各建物が第一審原告主張の如くであること、本件土地につき昭和二十三年十月十日までの間の適正賃料額及び同月十一日以降の地代の統制額が第一審原告主張のとおりであることはいずれも争わないと述べ<立証省略>た外、すべて原判決の「事実」の部分に記載してあるところと同一であるから、ここにこれを引用する。

三、理  由

按ずるに、本件宅地二百二十五坪一合一勺の土地が第一審原告の所有であること、第一審被告長谷部半次郎が昭和二十一年二月一日から右宅地のうち西側(正面道路から向つて右側)百六十坪の地上に家屋番号第六一六番木造木羽平家店舗兼居宅一棟建坪十三坪五合(実測建坪十九坪余)の建物を、第一審被告正木益次郎が昭和二十年七月一日から前記宅地のうち東側(正面道路から向つて左側)六十五坪の地上に家屋番号第六八三番、木造木羽板葺平家建居宅一棟建坪十坪(実測建坪十三坪余)の建物を所有し、それぞれ当該土地の部分を占有していることは当事者間に争がない。

よつて先ず第一審被告長谷部半次郎の右土地占有が正権原に基くものであるか否かの点につき按ずるに、同被告の妻長谷部君子が昭和十九年五月二十五日同地上の第一審原告所有の建坪十六坪の家屋を賃借し、これに居住していたところ、昭和二十年五月二十六日戦災により右家屋が焼失したことは当事者間に争がなく、原審における第一審被告長谷部半次郎の本人尋問の結果及び当審における第一審原告川本キミの本人尋問の結果(第一回)によれば、同被告が応召不在中その留守宅が強制疎開にかかつたため、妻長谷部君子が前記罹災建物を借り受けるに至つたこと及び同被告が昭和二十年十二月二十二日復員して妻の許に復帰したものであることが認められる。

而して夫婦は法律上同居の義務があるのみならず、一般に同居しているのが常態であつて、夫婦が別居して各別の生計を営むため住居を別々に構えているような特別の場合は兎も角、同居生活を営んでいる夫婦にあつては、そのいずれかの一方が家屋の賃借人となつていても、他の一方は右配偶者の賃借権に基いて適法に賃借家屋に居住し得べく、従つてかかる配偶者は当該家屋の居住者たることはいうまでもない。又夫がたまたま応召不在中でも賃借家屋に対する関係においては妻の居住するところには夫の住居があるということができるし、妻の賃借家屋については夫も亦その居住者であるといわなければならない。本件においては第一審被告長谷部半次郎夫婦が前段説示の如く夫婦が格別に住居を有していたと認めるべき特段の事情が認められないし、又応召前の居住家屋が強制疎開にかかつたため、留守を預る妻長谷部君子が本件罹災家屋の賃借人となつたものであることは前記のとおりであるから、若し応召さえしていなかつたならば通常夫たる同被告が第一審原告との間に本件罹災家屋の賃借人となつたであろうことは推測に難くないところである。従つて第一審原告が前記長谷部君子に本件罹災家屋を賃貸するにあたり、特に同人のみを居住者とし夫たる同被告を居住せしめない趣旨のものであつたことを窺うことのできない本件においては、たとえ右罹災家屋の賃借人が妻君子であつて、当時その夫たる同被告が応召不在中であり、その復員前右家屋が罹災焼失したものであつても、同被告は戦時罹災土地物件令第四条の適用に関しては、右罹災建物滅失当時の居住者にあたるものと解するを相当とする。

而して成立に争のない甲第四号証、原審における第一審原告川本キミの本人尋問の結果及び当審における検証の結果によれば、同被告は本建築物でない仮設建物所有の目的で本件罹災家屋の跡地に前記当事者間に争のない本件建物を建設して右土地を使用していることが認められるから、同被告は前記物件令第四条第一、二項の規定によりその罹災建物の敷地につき賃借権を取得したものというべきである。尤も第一審原告川本キミは当審における本人尋問(第二回)において、第一審原告は本件罹災建物の焼失後第一審被告長谷部半次郎の妻君子に敷金百円を返還しその賃貸借を解除したと述べているが、右供述は遽かに措信し難く、他に右敷金返還の事実を認めるに足る証拠はないのみならず、家屋の賃貸借は該家屋の滅失により当然終了するものであり、前記物件令附則第三項の適用のない同令第四条第一、二項の場合には現実に罹災焼失した当時その家屋の居住者であつた者は、その後右家屋の賃貸借契約が解除されても、該家屋の敷地につき、他に同令第四条第四項による使用者のない限り(本件についてはかかる使用者はない。)その使用を始めたときに新たに賃貸借があつたものとみなさるべきである。勿論前記長谷部君子ないしは第一審被告長谷部半次郎において同令第四条第一項に基く使用権を放棄したとの証拠は全く存在しない。

而して同被告が昭和二十三年九月十三日第一審原告に対しその占有土地の賃借申出をなしたことは当事者間に争がなく、又成立に争のない甲第十二号証の一、二によれば、第一審原告は右賃借申出に対し同月二十七日附の内容証明郵便を以てその拒絶の意思表示を発し、該書面が同月二十九日同被告に到達したことが認められ、他に何等の反証がない。

然しながら、同被告が罹災都市借地借家臨時処理法第三十二条、第二条により賃借の申出ができるのは、同法第二条、前記物件令第四条第一項の各規定により明らかなように、罹災焼失した家屋の敷地についてである。而して成立に争のない甲第一、二号証、同第五号証、原審証人島津英子の証言、原審並びに当審(第一回)における第一審原告川本キミの本人尋問の結果に当審における検証の結果を綜合すれば、同被告の占有する本件西側の土地百六十坪の地上には本件罹災家屋の外、その南方になお二棟があつて、その敷地が三つに区劃されていたが、これらの建物がいずれも罹災滅失したものであること、長谷部君子の賃借居住していた本件罹災家屋の敷地は正面道路沿いの部分であり、その正確な敷地の範囲は遂に詳かにするを得ないが、当事者間に争のない右家屋の建坪十六坪とその周辺の土地であつたことが認められる。従つて同被告が前記物件令第四条第一、二項により賃貸借があつたものとみなされ使用権のある土地は右の範囲に限られるのであるから前記百六十坪の土地のうち右部分を除いたその余の範囲の土地については同被告はその使用権がなく、これにつき前記処理法第二条による賃借の申出をすることは許されないものと解すべく(従つて同被告は該部分につきその占有の正権原がない。)、同被告のなした前記賃借の申出は前記罹災家屋の敷地(建坪十六坪とその周辺の土地)の部分に関してのみその効力を有するものといわなければならない。

而して右賃借申出に対し第一審原告からその拒絶の意思表示があつたことは前段説示のとおりであるから、右拒絶につき正当な事由があるか否かにつき判断する。

成立に争のない甲第六号証、同第七号証の一、二、同第八号ないし第十号証、同第十四号証の一、二、同第十五、十六号証、同第十九号証の各記載、原審並びに当審(第一回)における第一審原告川本キミの本人尋問の結果に当審における検証の結果を綜合して考察すれば、本件宅地は国電代々木駅に近く明治神宮裏参道のロータリーに面した土地で、明治神宮外苑周辺の高台の端にある良好な土地として相当の地価を有していること、第一審被告長谷部半次郎の所有家屋は本件宅地のうち西側百六十坪の部分の北部即ち正面道路沿いに(僅かの緑地帯をはさんで)建てられており、その後方(南方)で前段認定の他の二棟の罹災家屋の敷地にあたると考えられる部分は殆ど利用されていないと言つても良い状態にあること、右土地の東側で一段と高くなつている第一審被告正木益次郎の占有部分六十五坪の土地との境及び一段と低い西側の境はいずれも石垣が築いてあること、本件宅地全体に対する公租公課は逐年増加の傾向にあること(昭和二十四年度の地租は金六千余円、昭和二十五年度においては金一万五千五百円、昭和二十八年度においては金一万六千余円)、第一審原告は当年五十九歳、昭和十三年十二月十三日夫幸三郎に死別して以来孤独の生活をなし、従前他に貸家を持つていたが罹災するなどして無くなり、僅かに本件宅地の外東京都千代田区神田附近に百坪程の土地があるだけで、他にこれという財産もなく、無職であつて他に格別の収入がないこと、第一審被告等の家屋があるため、本件宅地を処分することも困難であり、又第一審被告等もその所有家屋の敷地を買い受けたいとはいうか本件宅地全部を相当の対価で買い受ける旨の申出をしないし又その意思もないことが認められ、他に右認定を左右するに足る特段の証拠がない。

右認定の事実に徴すれば、第一審被告長谷部半次郎の所有家屋は前記西側百六十坪の土地の最も良好で重要な部分に存在するのであるから、その後方の空地は第一審原告が自ら利用するにしても又他に処分するにしても、同被告の建物があつては到底有利に処理することができず、一括して処分することも亦困難であるといわなければならない。又地代の統制されている現在同被告にその所有家屋の敷地のみを賃貸するときは、第一審原告はこれに対する統制額の地代を得るのみであるばかりでなく、残余の空地を全く死蔵するに等しい結果となるのであつて、他に殆ど収入を得るあてのない第一審原告としては、本件土地を一括して有利に処分して生活の資に充てることは蓋し已むを得ないものがあるといわなければならない。そのためには本件土地を更地とする必要があるといえる。他方第一審被告長谷部半次郎としても本件建物において営業をしているのでその敷地を賃借することができず、建物を収去しなければならない事態に立ち到るときは種々の面において苦境に立つことは想像に難くはないが、他に特段の事情があることにつき主張立証のない本件においては、右の事実を比較考量しても、前記認定の如き事情は第一審原告が同被告のなした前記賃借申出を拒絶するにつき正当の事由があるものといわなければならない。

然らば同被告の前記物件令による賃借権は前記処理法第二十九条により同法施行の日から二箇年を経過した昭和二十三年九月十四日限り消滅したものであるから、それ以後の土地(同被告所有家屋の敷地)占有は何等の権原なきに帰する。

次に第一審被告正木益次郎の本件宅地のうち東側(正面道路から向つて左側)六十五坪の土地占有が正権原に基くものであるか否かの点につき按ずるに、同被告が昭和二十年三月前記長谷部君子の賃借していた本件罹災家屋の八畳一室を転借し、右家屋が同年五月二十六日罹災焼失する至にるまでこれに居住していたことは原審における第一審被告正木益次郎の本人尋問の結果によりこれを認めることができる。然しながら成立に争のない甲第四号証原審における第一審原告川本キミの本人尋問の結果及び当審における検証の結果によれば、同被告の建設所有する本件家屋は前記罹災家屋の敷地とは全然別個の土地に建てられていることが明らかであるから、同被告所有の本件家屋の存する六十五坪の土地については、同被告は前記物件令の施行により同令第四条第一項の規定により使用権を取得したことにはならない。従つて同被告が右土地の使用を開始しても、これにより同条第二項による賃借権を取得するに由なきものといわなければならない。又長谷部君子が第一審原告から本件土地六十五坪を賃借し、これを同被告に転貸したとの点については、原審における第一審被告長谷部半次郎、同正木益次郎の各供述、当審証人小林和子、同栗城諒吉の各証言は、原審証人島津英子の証言、原審における第一審原告川本キミの本人尋問の結果と対照して措信し難く、他に右事実を認めるに足る証拠はない。尤も原審証人島津英子の証言によれば、右土地は戦時中長谷部君子等借家人が野菜等を作つていたことがあるが、第一審原告は何人にもこれを貸したものではなく、ただ戦時中空地利用の意味で長谷部君子等が菜園として事実上使用していたに過ぎず、もとより賃料を支払つていたものではないことが認められるから、右の事実を以て第一審被告正木益次郎の前記主張事実を認める根拠となすことはできない。

然らば同被告は右土地六十五坪については前記物件令第四条第一、二項に基く使用権がなく、前記処理法第三十二条、第二条に基く賃借申出権がないから、同被告が昭和二十三年九月十三日第一審原告に対し右土地六十五坪につき賃借申出をしても、右申出は何等の効力がなく、従つて同被告はその賃借権を取得し得ないものといわなければならない。

以上説示のとおりであるから、第一審被告長谷部半次郎は本件宅地のうち西側百六十坪全部につき、第一審被告正木益次郎はその東側六十五坪につき、いずれも土地所有者たる第一審原告に対抗し得べき正権原なくしてこれを占有しその所有権を侵害しているものといわなければならない。従つて第一審被告等は第一審原告に対しそれぞれその所有家屋を収去してその占有土地を明け渡すと共に、その占有部分に対する賃料相当の損害金を支払うべき義務あるものというべきである。

而して本件宅地については、昭和二十三年十月十日までの間の適正賃料額が一ケ月一坪につき金三十七銭八厘、それ以後における地代の統制額が昭和二十四年五月三十一日までは一ケ月一坪につき金一円三十六銭(一ケ年金十六円四十二銭)、昭和二十五年三月三十一日までは一ケ月一坪につき金三円三十三銭、同年七月三十一日までは一ケ月一坪につき金三円五十二銭、昭和二十七年十一月三十日までは一ケ月一坪につき金八円三十三銭、昭和二十八年三月三十一日までは一ケ月一坪につき金十三円二十四銭、同年四月一日以降は一ケ月一坪につき金十三円三十七銭であることは当事者間に争がないから、第一審被告長谷部半次郎は前記西側百六十坪の占有を始めた昭和二十一年二月一日から、第一審被告正木益次郎は前記東側六十五坪の占有を始めた昭和二十年七月一日からそれぞれその明渡済まで右割合による金員を第一審原告に支払うべき義務があることが明らかである。(なお、第一審原告は第一審被告長谷部半次郎に対し右西側の土地百六十坪のうち前記罹災家屋の敷地に関しても昭和二十一年二月一日以降の損害金の支払を求めているが、右敷地部分については前記物件令第四条第一、二項に基く賃借権があり、前記処理法の施行により昭和二十三年九月十四日までの間は右敷地部分の使用権があつたことは既に説示したとおりであるから、右期間内の占有は正権原に基くものであり、従つて第一審原告は同被告の右占有に対しては不法占有を理由として損害金の請求をなし得ないわけであるが、第一審原告の右請求は、同被告の右占有が正権原に基くものと認定される場合には相当賃料の支払を求める趣旨であると解せられるから、前記敷地に対する賃料が定められ、且つ、これが支払われたことにつき何等これを徴すべき資料のない本件においては、同被告に対して賃料として前記昭和二十三年九月十四日まで前記適正賃料額たることを当事者間に争のない一ケ月一坪につき金三十七銭八厘の割合による金員の支払を命ずるを相当とする。)

よつて第一審原告の第一審被告等に対する本訴請求は全部正当としてこれを認容すべく、従つて第一審被告正木益次郎の本件控訴は理由がなく、又第一審被告長谷部半次郎に対する請求を一部棄却した原判決は失当で、第一審原告の本件控訴は理由があるが第一審原告は当審において第一審被告等に対する請求を拡張した結果原判決の主文と一致しない部分を生じたので、原判決を主文のように変更し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十六条、第八十九条、第九十三条を仮執行の宣言につき同法第百九十六条第一項を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 渡辺葆 牛山要 野本泰)

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